銀の風

四章・人ならざる者の国
―52話・出先の息抜き―



予定通り、というよりは宣言どおり買い物を手早く片付けて、
4人と1体は川に張り出したレストランに入った。
この店は酒をあまり置いていないのか、単に客層が酒好きでないだけなのか、
酒臭さはまるでないといっていいくらい乏しかった。
通り沿いでたまたまリュフタが見つけた店だが、
子供ばかりのパーティということを考えると、酒臭くないのは好ましい。
「う〜ん、この塩焼きおいしいー!」
「ほんまに何でも絶品やな〜♪みんなの分も買って帰りたいくらいやで!」
「確かにね〜♪これサイコー!」
女性陣がおいしさにきゃあきゃあはしゃぐのもうなずけるくらい、
この店の魚料理は絶品だ。
焼き魚は焼き加減が絶妙で、ムニエルはバターの香りも香ばしい。
クリーム煮などの鍋料理も一切抜かりなく、シェフのこだわりが窺えた。
「それにしても、本当においしいです。
どういう種族の方が作ってるんでしょうか?」
「さあな。まぁ、舌は肥えてるんじゃないか?」
誰が作っているかはわからないが、おいしければいいとルージュは大して関心がなさそうだ。
出てきたものさえ良ければ、後の追及は一切しない。
「まぁええやん、うまくてなんぼやで〜。」
そう言いつつ、リュフタはもりもり魚をほおばっている。
小柄な体のどこに入っていくのだろうかとか、
食べ過ぎて浮いていられなくなるのではないかとか、そんないらない事につい気が行く。
そもそも、彼女がどういう力で浮いているのかがよく分からないのだから。
「リュフタがいっぱい食べるのって、めずらしいねー。」
「うちは普段は節約しとるんやけど、こういう日は別腹なんやで〜♪」
「別腹だったんですか……。」
単に、食べる時は食べると言いたいのだろう。
おいしい食事はつい食べる量が増えるが、
リュフタは普段そうたくさん食べないのでジャスティスも驚いている。
「ところでルージュはん。
まだ時間に余裕あるし、この店出たら後はしばらく自由行動なんてどうや?」
「いいんじゃないか?俺は止めないぜ。」
「やった!じゃあ、あんたはナハルティンと一緒にデートしてればー?」
日頃のささやかな仕返しとばかりに、
アルテマはあからさまにニヤニヤ笑って冷やかした。
しかし、それくらいで焦るほど相手にかわいげはない。あっさり黙殺される。
「デートね〜、まあそれでもアタシはいいけどー?
ねー、ルージュ♪」
「好きに言ってろ……。」
面白がってケラケラ笑うだけのナハルティンには呆れたのか、
ルージュは密かにため息をついた。

そういうわけで、食後はアルテマとリュフタとジャスティス、
それとルージュとナハルティンという具合に分かれて行動することになった。
時間が来たら、町の外で待っているクークーの元で集合という段取りだ。
「ふんふ〜ん♪やっぱり町っていいよねー。」
「町ってだけでそんなに機嫌がよくなるもんか?」
「にぎやかなところならねー。だってアタシはアンタと違ってこっちは見飽きてないし〜♪」
そんなものかと、ルージュは淡白な感想を抱く。
だが、見たことがない魔界はこの地界とは違う風景と聞くから、
確かに見飽きようがないのかもしれない。
「何か買ったりしないのか?ペリドに土産とか。」
「もっちろ〜ん!
アタシがペリドちゃんに何のサービスもしないなんて、ありえないしね〜。」
「……買うんならお前の金で頼む。」
「はいはい、アンタに借りると高くつきそうだもんねー。」
利子とか色々といいながら、
自分の財布から出した1000ギル銀貨でコイントスをして遊んでいる。
普通の町ならこんな事していると目をつけられるが、
この国では貨幣の素材が他国と異なるため、
銀貨で遊んでいても大した目で見られることはない。
「で、どの店で買うんだ?」
「んー、アクセ欲しいからね〜。あ、もちろんただのお飾りの奴だけど。
ルージュも買う〜?」
「いらん。」
「似合うと思うけどね〜。」
余計女と間違えられやすくする気かと憮然とするルージュが面白いのか、
ナハルティンは笑っている。
普段すました顔ばかりしている彼が、こういう顔をするのがやっぱり珍しいから楽しいのだろうか。
「冗談冗談〜。アンタそういうのあんまり興味ないもんねー。」
「アクセサリー好きは女だろ。
財産を溜めるっていうんなら、高く売れるしいいけどな。」
金銀宝石が使われた各種アクセサリーは、携帯しやすい割に高値だから確かに貯金にはうってつけだ。
性別を差し引いても、かなりかわいげのない回答だが。
情緒がないねーとばかりに、ナハルティンは肩をすくめた。
「ま、いっか。」
とりあえず歩いていたら道の脇に商品を広げていた露店を見つけたので、
そこで見繕ってみることにする。
「んー、どれがいいかなー?」
ネックレスやペンダント、指輪に腕輪、
ピアスやイヤリングにお守りといった具合に、露店ながらなかなか品揃えは豊富なので目移りする。
「ペリドならこの辺が合うんじゃないか?」
「ん、これ?」
ルージュが見当をつけたのは、かわいらしいがすっきりとした印象の白い髪飾りだ。
薄い青の小さな石がついていて、ペリドに似合いそうな雰囲気は確かにする。
じっくりと見分しながら、時折ふんふんとナハルティンはうなずいた。
「ふーん、アンタなかなかいいセンスしてるじゃない♪
どこでこんな技を身につけたわけー?」
彼女にしては素直な賛辞を送りつつ、
意地悪な声音で質問するのは忘れない。
異性が使う品を選ぶのは、大人でも結構多くの種族で難しいのに、
長命なドラゴンとはいえまだ子供のルージュがよくこんなませたテクを持っているものだ。
「商売柄、腐るほど女の顔も見るし、悩み事だって聞かされてるんだ。
嫌でもくわしくなる。」
「さっすが占い師〜。」
彼がぶっきらぼうに語るとおり、街角の占い師のお得意様は女性だ。
ルージュにとっては異性の上に異種族に当たる人間の女性だが、
男と女は分かり合えないとか、間に深い溝なんていってられない。
理解を深める努力無しに、客の心はつかめないというオチだろう。
いつも涼しい顔をしているから、そういう努力を過去や今していたとしても顔では分からないが。
「ついでに、お前も何か買ってけばどうだ?」
「あれ?あんた待っててくれるわけー?」
「30分も1時間も迷わなければ、多少は付き合いだろ。」
言い草はやっぱりかわいげも愛想もあったものではないが、
人の買い物に付き合ってくれるのだから、今日のルージュはなかなか寛容だ。
普段は無駄なことが好きではないようだから、なおさらである。
「んじゃお言葉に甘えて〜♪お姉さーん、オススメとかあるー?」
「あらやーだお嬢ちゃんったら!
おばばにお世辞言ってもまけないわよ?」
そう言いつつまんざらでもない老店主は、面白かったのか大声で笑っている。
もちろん言った方だって、冗談以外の何者でもないわけだが。
「あっはっは、そんな下心なんてないってば〜♪
でもきれいだよー。」
「アリガト♪お世辞でも嬉しいもんだね!
オススメはこのブレスレットでどうだい?かわいいだろう?」
「んー、いい感じ。じゃあこれもらうねー。はいこれ。」
暗算でぱっと済ませたらしく、合計金額を聞かずにナハルティンは代金を支払った。
店主は少しくらいは驚いたろうが、そつなくおつりを数えて返してきた。
品物もちゃんと袋に入れてくれる。
「毎度あり。壊さないように気をつけて持って帰るんだよ。」
「ありがとね〜♪」
露店を後にしてから、さっそく買ったブレスレットをはめている。
勧めてきただけあって、デザインは悪くない。
「どうー?」
「いいんじゃないか?」
これみよがしに見せびらかすナハルティンに、ルージュは即座に答えた。
別に意図は何にもなかったのだが、
返事を聞いた彼女は意地悪な笑みを浮かべている。
「いまいちな返事だね〜。女の子にもてないよー?」
「別に似合わない程じゃないし、センスも悪くないからだ。
これでいいだろ?」
「ま、いいけどね。リアクション聞いてテストしたかっただけだし〜。
あんたの『いいんじゃないか』は一応理由あったからオッケーって事にしとこうかなー?」
どうやら急な思い付きだったらしい。
面白いと思ったら即行動に移したくてしょうがないのだろうが、
何も自分にやることはないではないかとも思う。
「さー、あんたもどっか行きたいとことかあるー?」
「特にないな。」
「つまんないこというね〜、アンタってば。」
口を尖らせられても、
本当にそうなんだから仕方がないだろうとは、賢いルージュは口にしなかった。

その頃、アルテマ達は川のほとりの釣堀に居た。
「ねえ……全然釣れないんだけど、これ。」
「アルテマはん、あわてちゃだめやで。
びっくりしてお魚さんにげちゃうでー?」
イライラして何度もさおを振り続けるアルテマに、
横からリュフタが先程柄忠告しているのだが、耳に入っていないらしい。
もちろん現状は忠告通りの事態になっていて、
アルテマのさおには当たりどころか魚の影すら寄ってこなかった。
一方ジャスティスは、真面目に釣りのコツを遵守しているおかげか、初心者の割に筋がいい。
すでにバケツには2匹の魚が入っている。
「あ、またかかりました!わわっ、引っ張りが!!」
「お〜、ホンマや〜!」
「えーっ、またそっち〜?
何でジャスティスばっかりそんなに来るわけー?!」
ぐいぐいと引っ張られるジャスティスのさおを見る目は、心底羨ましそうだ。
それにしても引きが強い。非力な種族向けの釣堀のはずなのだが、大物も居るのだろうか。
「ひ、引っ張り込まれそうです〜!」
「あんた、それはいくらなんでも大げさでしょ……。」
確かにぐいぐいさおを引っ張られて大変そうだが、
自分ごととまではさすがに行かないように見える。
もっともそこは、非力な彼に言わせれば決して大げさでもなんでもない表現なのだが。
少なくとも、うっかりさおを水に落としてしまいそうだ。
「本とです!落としちゃいそうなんですよ?!」
「しょ、しょうがないなー……。」
仕方なく自分のさおを置いて、アルテマが手を貸す。
手伝って初めて、思ったよりも重たい手ごたえに彼女は驚いた。
「うひゃっ、何これ〜?!これ魚?!」
「さ、魚ですよ!多分……。」
「ほな、ヘイストかけたろか〜?頑張るんや〜!」
残念ながらさおを上げる手伝いは出来ないリュフタは、周りで声援を送っている。
役に立ってるかどうか怪しいが、まあ何もしないよりはマシだろう。
応援で力が湧くというのは実際あるのだから。
が、必死な方にそういう理屈はあまり通じない。
「も〜、言ってないでリュフタも手伝ってくれればいいのにー!!」
「そう言われても、うちはこんな手やからな〜。」
リュフタが肉球の手をひらひらさせる。
「そんな風に見せられなくったって、分かってるけど〜〜!!」
「わーっ、お願いですから耳元で叫ばないで下さい〜!!」
アルテマは声が大きいから、耳元で怒鳴られるとキンキンする。
しかも今は耳をふさげないから、ダイレクトに響くというオマケ付きだ。これはつらい。
「あ、でも魚の背中が見えてきたで〜。こりゃ大物やな〜!」
「えっ。本とに?!
よーし、ジャスティス!あんたもっと踏ん張って!!」
さおの引っ張りに手を取られながら水面を覗き込むと、確かにぼんやり魚影が見えてきた。
こうなると、俄然やる気も出ようというもの。
2人とも腕はもちろん、踏ん張る足腰にもますます力が入る。
「い、いけるんじゃないでしょうか?!これは!」
「よーし!せーっ、のぉぉ〜〜〜!」
「うぉぉ〜〜!!」
2人いっせいに雄たけびを上げて、思いっきりさおを引き上げる。
ざぱっと激しい水しぶきと共に、キラキラ輝く魚体が宙に踊った。
いつから見ていたのか、周囲の釣り客からちらほら拍手や口笛の音が聞こえてくる。
「よく釣り上げたね君たち〜。」
「あ、受付の。ねえ、これだけなんでこんなに大きいの?」
釣り上げたのを見て、受付に居たはずの主人がやってきた。
見た目は水棲モンスターだろうが、種族はよく分からない。
「そいつは今日の『あたり』さ。」
『当たり?』
「そう。そいつを釣り上げたら、3匹多く持って帰れるのさ。」
この釣堀は釣った魚を半分だけ持って帰れる。
そこまではちゃんと説明を聞いたから知っていたが、
半分聞き流したので当たりのことは知らなかった。
「当たりだったんですか。」
「道理でてこずるはずやな〜。」
うんうんとリュフタが納得顔でうなずく。
「ところで、3匹多くって、つった数の半分より3匹多く持って帰っていいってこと?」
「まあそうだね。3匹より少なきゃおまけするけども。」
そう聞いたので、アルテマがバケツを覗き込む。
実質的にジャスティスの釣果を勘定するわけだが、
今の当たりを含めてちょうど3匹だ。
「……って事は、もしかして全部持って帰れるってこと?」
「そうなるな。ま、ここでやめちまえばだけど。」
まだ時間は残っているので、つらないのももったいない。
たくさん釣れてもてあましても、最悪クークーのえさにすればいいのだから。
「もちろん釣っていかなあかんよな?」
「当然でしょ!」
「……私は少し休んでからにします。」
気合充填、釣りに燃えて元気そうなリュフタとアルテマとは反対に、
当たりを引き当てた功労者はぐったりした様子で座り込んだ。
その様子に、周囲から冷やかしだったり子供らしいと和んだものだったりする笑い声が、少なからず上がっていた。



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ちまちま書いてたら結構掛かっちゃいました。 
お使い組のお買い物と息抜きタイム。 
何故かアルテマ達は釣堀に居ますけど、深い意味はないです。 
釣りってやったことありませんが、ゲームでさえ根競べとタイミング&駆け引き勝負状態と化しているので、 
現実にも根気と判断力がないと上手に出来そうにないですね。